2012年10月20日土曜日

アウトレイジ・ビヨンド

監督:北野武

前作『アウトレイジ』のタイトル・クレジットにつながるクレーンのワンショットで、その圧倒的硬質感によって鮮烈な印象を与えた黒い車が、海からクレーンによってぬーっと引き上げられるショットによって始まるこの映画は、まさに「亡霊」とよぶにふさわしい不気味さをたたえている。

その「亡霊性」は、武の登場するシーンにおいても印象づけられる。刑務所の食堂で小日向文世演じる刑事と向かい合う武の姿は、小日向が「まだもうろくする年じゃないでしょ!」とツッコミを入れるのが皮肉に聞こえるほどに、「ボケ老人」のような印象を与える。


さらに言えば、武と似たように前作で葬り去られ、今回武と共謀する事になる木村(中野英雄)が、子分の死体現場にやってくるシーンでも、砂埃が画面いっぱいにまきおこり、その「霧」の中からぬーっと亡霊のように姿を見せるのである。

あるいは出所後、武が前作の歯医者のシーンと同じように、ドリルでもって目隠しされたヤクザの目をめちゃめちゃにするとき、亡霊の復活が告げられる(ドリルの電源を入れるときの、武の「確かめるような」仕草を見逃さないでおきたい)。

この車と武の姿、さらには中野英雄の姿によってスクリーンに刻印される亡霊が、ついにその「復讐」を果たす瞬間はスローモーションによって、圧倒的強度でもって捉えられる。
自分の見たものが信じられないというふうな三浦友和の顔は、まさに「幽霊をみてしまった」顔だ。
この瞬間には思わず感動してしまった。

時にフィックスのクローズアップでつないだり、あるいは浮遊感のただようふわふわとしたカメラワークでそれとなく人物を捉えたり、あるいはまったく切り返しを用いずにフルショットだけで処理したり、さらにはいきなりイマジナリーラインをガン無視してみたりと、ほとんど一貫したフォルムを持たぬまま映画が進行し、やがて、高橋克典以外ほとんど印象に残らないような殺し屋達が、次々とヤクザを殺していく一連のシークエンスになると、そこには驚きも何もない、ひたすら果てしなく続いていく運動そのものが画面に露呈し、ほとんど途方にくれることしかできない。

ラスト、どっからともなくふらふらと、しかし一直線に歩いてくる武の姿の異様さはいったいなんだろうか。そしてその武が、こいつだけは撃たないだろうと思っていた相手を呆気なく撃ってみせるとき、この映画は再び争いの始まりを告げ、そしてそのまま終わっていく。

(後記)「次々とヤクザを殺していく一連のシークエンス」は、うーん、こうは書いてみたものの、やっぱりあれは粗末なんじゃないかとも思ってしまう。ちょっとわからない。

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