2014年4月1日火曜日

ハンガー

監督:スティーヴ・マックィーン

具体的にどのような行為をしてそうなったのかついに説明されない「ある自殺行為」によって、全身に潰瘍ができまくってめちゃめちゃ痛そうで、かつ全身の筋肉がドンドン落ち、死に向かっていくマイケル・ファスベンダー。最後の20分ぐらいは、ほとんどのシーンがこの衰弱していく男をほぼ台詞なしでじっくりと撮っていく。あるいはその随所に挟まれる幻覚。どうやら彼のそばに立っている少年はファスベンダーの若き頃であるらしく、ファスベンダーが神父に語っていた故郷の話に同調するように、故郷を誇る歌の合唱が鳴り響くバスに座って窓の向こうを見る少年の姿を撮ると、ついでファスベンダーが神父に語っていたように野山を走る少年の姿を映す。そしてときおりカラスの群れのダークなイメージと、何やら不穏な雰囲気を醸し出す少年の表情が映される。

例えばこの少年のランニングするシーンの撮影なんかはヨーロッパの秀逸なサスペンス映画のオープニングのような空気感を醸し出している。だから何だ、というわけではないのだが、しかしひたすら衰弱したファスベンダーを捉えるショットの連鎖の中での、このダイナミックな移動撮影は、なるほど視覚的にも刺激的であり、また現在の衰弱を強調するものでもあるかもしれない。

しかし不穏な空気感、と言えば、これは今言及した"不穏さ"とは異質な不穏さではあるが、やはりオープニングから続く、刑務官を捉えたショット群の不穏さは突出しているだろう。
『SHAME』になく、この映画にあるもの、それは主観ショットである。刑務官が玄関を出て左右を見る、その主観ショット。レンガの家が立ち並ぶ美しい住宅街を映したその主観ショット(とその律儀な積み重ね)は、昨今の映画ではなかなか見れないように思う。そういう理由もあって、この冒頭の主観ショットと適格なカメラの配置(車の下から撮る、さらに妻の主観ショットで刑務官を映す巧妙さ)には素直に感動した。
しかもこの冒頭のショット群(雪の中を動くネズミを撮ったショットまで含めて)があるからこそ、この映画には単なる「リアルな暴力描写に裏打ちされた衝撃作(笑)」以上の面白さがあるのではないかと思われる。
刑務官の負傷した手。ファスベンダーを殴る際に、ファスベンダーが身をかわしたせいで壁に思いっきり拳をぶつけてしまうショット。きわめて主観的な印象ではあるが、あのショットがこの映画では一番痛々しいぐらいだ。
あるいは刑務官の殺され方。ファスベンダーの死が20分かけてじっくりじっくりと描写されるのに対し、刑務官は一瞬のうちに殺されてしまう。

ところでファスベンダーが死ぬまでの描写には、血圧を測ったり、なんか変な器材をベッドにつけたり、軟膏を塗ったりといったものが含まれていて、やっぱり気になってしまうのが、これらのショットの必然性だろう。"じっくり描く"というのは、単に時間をかけるということではない。これらのショットに時間をかけて具体的な描写をするという以上の意味があるだろうか。つまり具体的ではあるが、しかしどの具体例でもオッケー、なのではないか、とか思ったりもする。しかしそれだけでこれらのシーンを否定できるとも思えない。よくわからない。そもそもショットの必然性なるものが映画を規定するわけがなく、だって僕らはしばしば何気ないショットに「ああ、いいねぇ」とか言ってニヤニヤするわけだから、これらの病院のシーンも一つのバリエーションを見せてもらった、というだけなのかもしれない。

それにしてもこの映画は面白い。インパクトとしては上記したオープニングからのショット群や最後の20分間が良くも悪くも強いのだが、中盤の描写は大したものだ。
例えば部屋をともにする囚人二人とファスベンダーを別々に描く構造の面白さ。同じ刑務所にいながら、"彼ら"とファスベンダーはほとんど接触することがなく、映画としてこの三人が交錯するのは、面会で各々が(股間に隠していたモノを机の下で渡したり、あるいは口の中に入れたものをディープキスで渡したり、、)ひそかに面会者とモノを交換する描写の交互のモンタージュや主観ショットである。そもそもこのシーンで初めてファスベンダーが登場するわけだが、それも一人の囚人の主観ショットで唐突に現れるだけで、彼が何者なのかはその場では明かされないのだ。
こうした面白さ、あえて言えば通俗的娯楽映画とは一線を画する(だからこちらが上ということにはならないし、そもそもそんなことはどうでもよい。)構造的面白さがある。
また台詞をなるべく排し、人物の性格描写を放棄することで、一回一回の出来事における各々のリアクションそれ自体が、新しい印象として映画の相貌を変えていく面白さがある。

『ハンガー』には、映画とはこういうものなのか、と思いたくなる部分があるのは事実だが、それとて、『アメリカン・ハッスル』のごとき映画の堕落しきった姿ではなく、こういうものでもあるかもしれない、と思わせてくれる力作だ。



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